概 要
本展に寄せて
本展は昨年と同様、作者がテーマを絞って書き溜めてきた1年間の成果を発表する企画です。今回のテーマである「轍」には、私の歩んできた軌跡という意味と、恐縮ながら郷土の偉人・諸橋轍次博士のお名前に因んで命名しました。
誠明健
誠・明・健
誠は正しいこと、明は道理がわかること、健はそれらを実行する力。博士が教育方針として最も重視した三つの徳。

諸橋轍次博士は、新潟県三条市(旧下田村)のご出身で、世界を代表する漢学者であり、前人未到の大著『大漢和辞典』の編者であります。その偉業は周知の通りですが、一方で博士は“教育者”であるという自負を生涯持ち続けられ、多くの優秀な後進を育成されたことも見逃してはならない功績の一つです。博士は主に東洋哲学の観点から、折に触れ縦横自在に持論を展開されました。 本展は拙筆に乗せて、博士の深遠な世界観の一端を皆様と共有したいと思いを込めた企画になっています。15点ほどのわずかな展示ですが、作品脇の釈文やエピソードとともにご鑑賞いただけるとより楽しめるのではないかと思います。
抱一
一を抱く
唯一の道をしっかりと守って生きる。

諸橋轍次博士と私
私が博士の名前を意識しはじめたのは遅く、大学入学当初に『孔子・老子・釈迦「三聖会談」』を読み感銘を受けたのがきっかけです。2年生の初夏に、恩師のつてで『大漢和辞典』を譲ってもらえることになり、全15巻が入った段ボールを必死の思いでアパートまで持ち帰ったのは懐かしい思い出です。そのころ『大漢和辞典』は専ら作品制作の題材選びに使っていました。大学院に進み、漢文学演習で『説文解字』講読を受講し、ようやくその辞書の真価を痛感するようになりました。
また、中国の太原に留学し、研究テーマであった傅山の詩の解読をしていた時、研究室の中央に『大漢和辞典』が並べられており驚きました。現地の先生は「この辞書のおかげで我々の漢学研究は格段に進んだ。ここまでの辞書を我々中国人はかつて作れないでいた。」などと辞書を絶賛してくださいました。私は日本人として大変誇らしい気持ちになりました。
行不由径
行くに径に由らず
道を行くなら小道を通らない。堂々と表通りの大道を歩む。博士の座右の銘。

三条の高校に赴任してからは、部員を連れて度々下田にある諸橋轍次記念館に足を運びました。そこで、博士の生い立ちや苦難、そして教育者としての姿勢を知るようになりました。記念館は、博士の生涯がコンパクトにまとめられており、遺品や遺墨、生家や辞書編纂所まで見ることができます。最近では「道の駅」としてもたいへんな賑わいを見せており、お薦めです!
「古典は畢竟(ひっきょう)読む人によって違うものである。否(いな)読むというよりは、むしろ自分の真の姿を古典の鏡にうつせばよいのである。」
私が本企画を思い立ったのも、博士のこの一文に触発されてのことでした。どうか、この企画がわずかでも皆様の“鏡”となれば幸いです。
平成30年9月
佐藤 雄司
