概 要

本展に寄せて

本展は、仕事の合間にコツコツと準備をしてきたここ半年ほどの成果です。齢四十を過ぎ、「始めないことには始まらない」という決意のもと重い腰を上げました。未熟は百も承知ですが、わずかでも皆様の心に響くものがあれば幸甚です。

成覚道

覚道を成ず

仏地に至る。

私は香川県善通寺市に生まれました。善通寺は弘法大師・空海生誕の地です。空海の父・善通の名をとった比較的大きなお寺です。奇妙な話ですが、私の実家はそのお寺の敷地内にあります。幼いころから空海の逸話やお遍路さんのいる環境で育ったせいか、いつしか書道に興味をもつようになりました。今回の展覧会は、原点に立ち返るという意味で、空海を意識した作品づくりになっています。
信仰心のかけらもない私ですが、折に触れ空海の言葉や教えに励まされてきました。時代を超えて尊ばれ続ける郷土の偉人・空海は、私の中のヒーローです。願わくは万分の一でもその高邁な精神に迫りたい…との想いをこめて、本展を「阿・吽」と題しました。

高山風易起、深海水難量

高山に風起ち易く、深海に水量り難し

執着や煩悩の峰々に迷いの風はたちやすく、悟りの大海は深玄にして人の思量をこえる。

空海と私

弘法大師・空海は、歴史上最もマルチに活躍した人物の一人です。その業績は宗教面のみならず、思想、文学、美術、教育、治水技術など多岐に及び、我が国の文化振興に大きく貢献しました。その中の一つに書道があります。空海は書の分野では“書聖”、 “五筆和尚”などと称えられています。ただ“字が上手”だけがその理由ではないようです。当時としては珍しく、楷・行・草・篆・隷の他に、飛白書・雑体書など、あらゆる書体に精通し、その興味は梵字にまで及びました。さらに『篆隷万象名義』という日本初の字書まで著しました。また、「弘法、筆を選ばず」という諺がありますが、それに反して「狸毛筆奉献表」という筆の製法を記した書付を嵯峨天皇に献上するほどの“筆通”でもありました。空海の能書ぶりは世に広まり、“いろは歌”まで空海作だという伝承が広まるほどでした。

山毫点凕墨、乾坤経籍箱

山毫に凕墨を点ず。乾坤は経籍の箱なり。

大山脈を筆とし大海を墨として書せば、天地は一切経の一巻の軸。

本展はそんな空海に敬意を表し、できるだけ多彩な書体に挑戦したつもりです。句の題材も空海の著述の中から多くを引用しました。空海は多くの著述を残していますが、特に空海の生身の声が聞こえてきそうな真済編『遍照発揮性霊集』より多く選びました。ネットなどで検索すると、現在、“空海の言葉”に関する書籍の多さに驚かされます。ぜひ言葉の意味を味わいながら、ご鑑賞ください。

平成29年7月
佐藤 雄司